【クラシック音楽寄稿】吉田秀和がホロヴィッツの演奏を「ひび割れた骨董品」と評したのに賛成する(ケゾえもん)

「ひび割れた骨董品」

(ケゾえもん2024/04/10 記)
先ず「ひび割れた骨董品」のおはなし。

ホロヴィッツという大ピアニストがいました。アメリカ、ヨーロッパで活躍していたけど日本ではまぼろしでした。そのホロヴィッツの初来日(1983年)が決まり話題となりました。79歳になっていました。ところがその東京公演でホロヴィッツはひどい演奏をしてしまいました。それを誰も気が付きませんでした。ホロヴィッツはスタンディングオベイションを含む大絶賛を浴びたのです。

さてここで登場するのが吉田秀和(冒頭の写真)です。音楽評論家の中の評論家と言って良い人で、神の耳を持っていると言って過言でない人でした。その吉田秀和が翌日の新聞に評論を書きました。
「ホロヴィッツはひび割れた骨董品」
みんなホロヴィッツが名演をしたと思い込んでいたのに、ほかならぬ吉田さんがそういうので騒ぎになりました。

というのがこの話の顛末。

私がコンサートに行く喜びを見出したのは1986年竣工のサントリーホールオープン記念連続コンサートのころなので、このころまだコンサートに行く習慣がなかった。またホロヴィッツのチケットは5万円もして、その後一時そういうのが当たり前になるのだけど当時は手が出なかった。さらにピアノ演奏など当時あまり興味がなかった。私がピアノ演奏を知るのはグレン・グールドのモーツァルトのピアノソナタ全集を手に入れて、なんだこれはとびっくりして毎日毎日これをCDウォークマンで聞きだしてからだ。そのCDが開発されたのが1979年で私はまだ1983年にはCDプレイヤーを持ってなかった。一番安いCDプレイヤーで20万円越えだった。もちろんレコードプレイヤーは存在したが、それでも高音質で音楽を聞くのは今よりずっと難しいことだった。ホロヴィッツは私にとっても、また日本人の多くにとってもまさにまぼろしの存在だったのだ。

それで「ひびわれた骨董品」の話だけ聞いていて今日まで来たのだけど、偶然、当時の吉田秀和の評論の全文が読めるのを発見した。

https://www.asahi.com/articles/ASQ5M5WJ9Q5MULZU004.html

吉田さん、まったく容赦がない。
吉田さん特有の美文を敢えて私流に翻訳させてもらうと

1.過去にかがやかしい経歴があるのは知っているけど、とにかく今回それを彼は示せなかった。

2.音楽がすぐとぎれてしまう。(音がとぎれるんでないよ。音楽がとぎれる)

3.ホロヴィッツは子音の発音が明瞭でないが、演奏も明瞭でない。(これはすごい難癖入ってる)

4.年をとってしまったのはわかるが、他に大家で年とって良い演奏した人も大勢いる。

5.もちろん人間年のとり方は千差万別だけど、現役なんだから言い訳無用。

6.たくさん金を取ってるのだから彼には責任がある。

7.大家に失礼なのは承知だが、大家だからこそいまさら外交辞令は必要ないだろう。

8.この人はもう終わりである。なぜなら演奏が悪いのは年のせいだから。

ここまで全方位で逃げ場のないようにいじめなくても、いいじゃないという論調で吉田さんはホロヴィッツを攻撃している。吉田さんがこうせざるを得なかった理由は当時法外と言われた5万円のチケット代のことがあったのは間違いない。「破天荒の謝金を払う興行主、空前の入場料を払って集まった聴衆が、彼のかつての名声と無関係でないのは、彼も充分心得ているはずである」と非常な美文でぶち文句言ってるもんね。
吉田秀和がここまで書かなかったら、枯れた良い演奏をしてくれましたホロヴィッツありがとうと言われて称賛のうちにホロヴィッツは離日できたと思われる。

それでその日のホロヴィッツの演奏はいったいどんなんだったかとユーチューブを探すとあった。その日の最終曲目、ショパンの英雄ポロネーズがあった。

聞いてみるとなるほどこれはちょっといただけない。それで今の私が当時の会場にいたら、私はこの演奏が悪いと判断するかどうか考えてみたが、悪いと判断すると思う。

なにもスノッブで言っているのではない。クラシックのコンサートっていうのは行儀よく座っていないといけない。それで感動できる日は問題ないが、感動できない日は苦痛以外のなにものでもなくなる。感動できるかどうかは大げさに言えば死活問題なのだ。

だから前半感動できない時は後半聞かずに帰ってしまうことにしている。もちろん頻度は多くない。有名どころで思いだすと若杉弘の指揮の時に後半帰った。あれは曲目が悪かった、全曲ウィンナワルツだもの無理筋だと思ってはいたけど、有名な若杉だからなんとかするんだろうと思ったらなんともしないんだもの。絶対最後にラディツキー行進曲を演奏したんだろうけど、いっしょににこにこ手拍子なんかしたくなかった。ひとりだけ腕組んでいるわけにいかないだろう。

ジェシー・ノーマンリサイタルは楽しみにして行ったけど良くなかったので、一番通路よりの席だったのを利用してアンコール聞かずに帰った。タイミングを計ってさっと逃げたが、3列目だったので多少目立ったかもしれぬ。ミレッラ・フレーニーが新国立でボエームを歌ったときは不満だった。けっこう年いってからドミンゴが日本でオテロを歌ったときもドミンゴはこんなもんじゃないということを知っているので悲しい思いをした。私の内部スノッブはどんな高名な人も容赦しない。

この1983年のホロヴィッツの演奏は、この時もし会場にいたら、客席ではいらいらさせられたと思う。私はそれを確かめるために、鑑賞モードで安楽椅子に座り私のオーディオメインシステムでこのユーチューブ映像を高音質で4回聞いてみた。4回ともちゃんと鑑賞モードでだよ。
それだけ確かめたうえで、私が当日ここにいたら前半で席を立つ可能性大と考えている。いやジェシー・ノーマンも最後まではいたから、一応聞くかも。なにしろS席5万円。

スーパードライとサントリーモルツの違いは食事してればはっきりわかるけど、ふたつのコップを並べてどっちがスーパードライかあててみろと言われると間違える。自分で楽しむときと評論するときでは人間使う脳センサーが違っちゃうんだ。自分が楽しむモードのときは間違わない。(どんな場合でも吉田秀和は間違わないんだけどね)

ショパンの英雄ポロネーズをホロヴィッツが84歳のときに演奏したユーチューブをみつけた。会場はウィーンのムジークフェラインザールだ。これはすばらしいじゃありませんか!

ケゾえもん



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